p.3 | 公開日:2026/8/21
3. ゲージ固定:クーロンゲージ
<p>前章では、電磁ポテンシャルにゲージ変換(\ref{eq:gauge-transform})の分の自由度が残されていること、そしてその自由度を固定しても$\mathbf{E}$と$\mathbf{B}$は変わらないことを確認しました。
この章から、実際にゲージ固定を行って(\ref{eq:potential-eqs})を書き換えていきます。</p>
<p>クーロンゲージは、
\begin{equation}
\mathrm{div}\,\mathbf{A}=0 \label{eq:coulomb-gauge}
\end{equation}
という条件によってゲージを固定するものです。
一見、任意関数$u$を選んでいるように見えないかもしれませんが、(\ref{eq:coulomb-gauge})を満たすように任意関数$u$を選ぶということです。
実際、$\mathrm{div}\,\mathbf{A} \neq 0$である任意のベクトルポテンシャルに対して、
\begin{align*}
\mathrm{div}\, \mathbf{A}' &= \mathrm{div}\, (\mathbf{A} + \mathrm{grad}\, u(\mathbf{x},t)) \\
&= \mathrm{div}\, \mathbf{A} + \bigtriangleup u(\mathbf{x},t) \\
&= 0
\end{align*}
を満たすように$u$を選べばいいです。</p>
<p>後でみるように、この条件のもとでは$\phi $が各時刻ごとのポアソン方程式に従い、静電気学の場合とまったく同じ形で電荷密度$\rho $から決まります。
つまりクーロンゲージとは、スカラーポテンシャルを各時刻において静電場と同じ見方で扱えるようにする固定の仕方であり、「クーロン」という名前もそこに由来します。</p>
<p>さらにこのゲージには、真空中で電磁場が横波であることが見通しよく現れるという利点もあります。
この章の最後では、そこから光が電磁波であるという結論までたどります。</p>
<p>さて、では上記の議論に従って、(\ref{eq:potential-eqs})の解を$\mathbf{A}_0, \phi _0$と仮定して、次の方程式の解$w$を$u$として選びます。
\begin{equation} \label{eq:coulomb-poisson-w}
\bigtriangleup w(\mathbf{x},t)=-\mathrm{div}\, \mathbf{A}_0(\mathbf{x},t).
\end{equation}
これは各時刻$t$ごとに解くべきポアソン方程式であり、右辺は既に決まった関数であるため、$w$を求めることができます。</p>
<p>この$w$を用いて
\begin{equation*}
\begin{split}
\mathbf{A}_C(\mathbf{x},t)&=\mathbf{A}_0(\mathbf{x},t)+\mathrm{grad}\, w(\mathbf{x},t), \\
\phi _C(\mathbf{x},t)&=\phi _0(\mathbf{x},t)-\frac{\partial }{\partial t} w(\mathbf{x},t),
\end{split}
\end{equation*}
によって$\mathbf{A}_C$と$\phi _C$をつくると、
\begin{equation*}
\mathrm{div}\, \mathbf{A}_C(\mathbf{x},t)=\mathrm{div}\, \mathbf{A}_0(\mathbf{x},t)+\bigtriangleup w(\mathbf{x},t)=0
\end{equation*}
となり、クーロンゲージの条件が満たされます。</p>
<p>この条件のもとで(\ref{eq:potential-eqs})がどう書き換えられるかをみてみます。
まず$\mathrm{div}\,\mathbf{A}_C=0$が任意の時刻で成り立つことから、
\begin{equation*}
\mathrm{div} \left( \frac{\partial \mathbf{A}_C}{\partial t} \right)=\frac{\partial (\mathrm{div}\,\mathbf{A}_C)}{\partial t} = 0
\end{equation*}
となるため、(\ref{eq:potential-eqs})の第2式は
\begin{equation*}
\bigtriangleup \phi _C(\mathbf{x},t)=-\frac{\rho (\mathbf{x},t)}{\varepsilon _0}
\end{equation*}
という、時刻$t$ごとの通常のポアソン方程式になります。</p>
<p>また、(\ref{eq:potential-eqs})の第1式は$\mathrm{div}\,\mathbf{A}_C=0$より
\begin{equation*}
\Bigl( \varepsilon _0\mu _0\frac{\partial ^2}{\partial t^2} -\bigtriangleup \Bigr) \mathbf{A}_C(\mathbf{x},t)=\mu _0\mathbf{i}(\mathbf{x},t)-\varepsilon _0\mu _0\, \mathrm{grad}\frac{\partial \phi _C(\mathbf{x},t)}{\partial t}
\end{equation*}
となります。</p>
<p>まとめると、クーロンゲージのもとでの方程式系は次のようになります。
\begin{equation*}
\mathrm{div}\, \mathbf{A}_C(\mathbf{x},t)=0,
\end{equation*}
\begin{equation} \label{eq:coulomb-eqs}
\begin{split}
\bigtriangleup \phi _C(\mathbf{x},t)&=-\frac{\rho (\mathbf{x},t)}{\varepsilon _0}, \\
\Bigl( \varepsilon _0\mu _0\frac{\partial ^2}{\partial t^2} -\bigtriangleup \Bigr) \mathbf{A}_C(\mathbf{x},t)&=\mu _0\mathbf{i}(\mathbf{x},t)-\varepsilon _0\mu _0\, \mathrm{grad}\frac{\partial \phi _C(\mathbf{x},t)}{\partial t}.
\end{split}
\end{equation}
(\ref{eq:coulomb-eqs})の2式は完全に独立というわけではありませんが、$\phi _C$の方程式は$\mathbf{A}_C$を含まずそれ単独で解くことができます。
そのため、まず$\phi _C$を求め、その結果を$\mathbf{A}_C$の方程式に代入するという順序で解きます。
なお、$\phi _C$の方程式は時間微分を含まない、電荷密度$\rho $から瞬時に決まるポアソン方程式になっている点が特徴的です。
これは、各時刻ごとに静電場の問題を解いているのとまったく同じことを意味します。
(ただし、物理的に観測される場の量$\mathbf{E},\mathbf{B}$は、この瞬時性とは無関係に、マクスウェルの方程式が要求する因果的な振る舞いを示します)</p>
<p>最後に、クーロンゲージに残された不定性について触れておきます。
(\ref{eq:coulomb-poisson-w})の解$w$にさらに斉次方程式$\bigtriangleup w_0=0$の解$w_0$を加えても、(\ref{eq:coulomb-gauge})は保たれます。</p>
<p>しかし、無限遠で場が減衰するという境界条件のもとでは、$\bigtriangleup w_0=0$を満たす調和関数は$w_0=0$に限られます。
つまりクーロンゲージには実質的に残された自由度はなく、ゲージは一意に決まってしまいます。</p>
<h2>3.1 真空中の電磁場と横波</h2>
<p>ここまでは電荷と電流がある一般の場合を考えてきました。
ここで、電荷も電流も存在しない空間($\rho =0$、$\mathbf{i}=0$)に限って(\ref{eq:coulomb-eqs})を計算してみましょう。</p>
<p>まず$\phi _C$の方程式は$\bigtriangleup \phi _C=0$となり、無限遠で場が減衰するという境界条件のもとでは$\phi _C=0$しかありません。
スカラーポテンシャルが消えてしまうため、$\mathbf{A}_C$の方程式に残っていた$\phi _C$の項も落ちて、
\begin{equation} \label{eq:coulomb-vacuum}
\Bigl( \varepsilon _0\mu _0\frac{\partial ^2}{\partial t^2} -\bigtriangleup \Bigr) \mathbf{A}_C(\mathbf{x},t)=0, \qquad \mathrm{div}\, \mathbf{A}_C(\mathbf{x},t)=0
\end{equation}
だけが残ります。
この第1式の解を、波数ベクトル$\mathbf{k}$を使って
\begin{equation*}
\mathbf{A}_C(\mathbf{x},t) = \mathbf{A} _{\mathbf{k}} e ^{i (\mathbf{k} \cdot \mathbf{x} - \omega t)}
\end{equation*}
と仮定します。
ここで$\mathbf{A} _{\mathbf{k}}$は波の偏り方向の定数ベクトル、$\omega $は角振動数です。
これを第2式に代入すると、
\begin{equation}
\mathbf{k} \cdot \mathbf{A}_C = 0 \label{eq:transverse-wave}
\end{equation}
が得られ、$\mathbf{A}_C$が波の伝搬方向に直交している(=横波である)ことがわかります。</p>
<p>また場の量は
\begin{equation}
\mathbf{E}(\mathbf{x},t)=-\frac{\partial \mathbf{A}_C(\mathbf{x},t)}{\partial t}, \qquad \mathbf{B}(\mathbf{x},t)=\mathrm{rot}\, \mathbf{A}_C(\mathbf{x},t) \label{eq:vacuum-fields}
\end{equation}
で与えられ、真空中では電磁場はただ1つのベクトル場$\mathbf{A}_C$だけで記述されます。
しかもその3成分のうち1つ分は$\mathrm{div}\,\mathbf{A}_C=0$によって縛られているため、独立な成分は2つです。
この2つが電磁場の持つ本当の自由度、すなわち2つの偏光にあたります。
クーロンゲージが横波ゲージ、あるいは真空中では放射ゲージとも呼ばれるのは、このためです。</p>
<h2>3.2 光速と電磁波</h2>
<p>さて、(\ref{eq:coulomb-vacuum})の第1式をみると、時間の2階微分$\partial ^2/\partial t^2$と空間の2階微分(Laplacian)$\bigtriangleup $が、$\varepsilon _0\mu _0$を挟んで並んでいます。
これはまさに、伝播速度の逆数の2乗を係数に持つ波動方程式の形です。
そこで、その伝播速度にあたる量を
\begin{equation}
c := \frac{1}{\sqrt{\varepsilon _0\mu _0}} \label{eq:lightspeed}
\end{equation}
と定義します。
$\varepsilon _0\mu _0=1/c^2$と書けば、(\ref{eq:coulomb-vacuum})は光速$c$で伝わる波の方程式に他なりません。</p>
<p>実際に、真空の誘電率と透磁率の実測値($\varepsilon _0\approx 8.85\times 10^{-12}\,\mathrm{F/m}$、$\mu _0\approx 1.26\times 10^{-6}\,\mathrm{N/A^2}$)を(\ref{eq:lightspeed})に代入すると、
\begin{equation*}
c\approx 3.00\times 10^{8}\,\mathrm{m/s}
\end{equation*}
となり、これは真空中の光速の実測値ときわめて近い値となります。
$\varepsilon _0$と$\mu _0$は、もともと電荷間のクーロン力や電流間の力といった、光とは一見無関係な静電気・静磁気の実験から独立に測定された量でした。
これは単なる偶然でしょうか?</p>
<p>(\ref{eq:coulomb-vacuum})と(\ref{eq:transverse-wave})より、$\mathbf{A}_C$は速さ$c$で伝わる横波となります。
(\ref{eq:vacuum-fields})の$\mathbf{E}$と$\mathbf{B}$はいずれも$\mathbf{A}_C$に微分演算子を作用させたものですから、$\mathbf{A}_C$と同じ波動方程式に従い、やはり速さ$c$で伝わります。
さらに
\begin{align*}
\mathrm{div}\, \mathbf{E} &=- \frac{\partial \mathrm{div}\, \mathbf{A}_C}{\partial t} = 0, \\
\mathrm{div}\, \mathbf{B} &=\mathrm{div}\, \mathrm{rot}\, \mathbf{A}_C =0,
\end{align*}
がただちに従います。
発散がゼロであることは、フーリエ成分でみれば振動の向きが進行方向に垂直であることを意味しています。</p>
<p>したがって電磁場は「真空中を$c\approx 3.00\times 10^{8}\,\mathrm{m/s}$で伝わる横波」であることがわかります。
一方、光が横波であることは、19世紀前半には偏光の実験からすでに知られていました。
速さが一致し、しかも同じ横波であるという2つの性質が揃うことから、マクスウェルは光もまた電磁波の一種であると結論づけました。</p>
<p>(\ref{eq:lightspeed})をみると、$c$は$\varepsilon _0$と$\mu _0$という真空の性質だけで決まっており、「どの慣性系から見ているか」という情報はどこにも入っていません。
ところが、ガリレイ変換のもとでは速度は単純に足し引きされるため、ある慣性系で速さ$c$で伝わる波は、それに対して速さ$v$で動く別の慣性系からは$c\pm v$で伝わって見えるはずです。
そうだとすると、マクスウェルの方程式はただ1つの特別な慣性系でしか成り立たないことになってしまいます。</p>
<p>この食い違いに対してアインシュタインが選んだのは、マクスウェルの方程式の側ではなく、慣性系どうしを結ぶ変換の側を取り替えるという道でした。
ガリレイ変換をローレンツ変換に置き換えれば、$c$はすべての慣性系で共通の値をとり、マクスウェルの方程式はどの慣性系でも同じ形を保ちます。</p>
<p>しかしクーロンゲージは、空間微分だけでできた条件であり、時間と空間を分けて扱っています。
次章では、時間微分と空間微分を対等に含み、慣性系の取り方に左右されないゲージ条件を考えます。</p>