p.4 | 公開日:2026/8/21

4. ゲージ固定:ローレンツゲージ

<p>前章では、クーロンゲージ(\ref{eq:coulomb-gauge})についてみてきました。 真空中では横波の$\mathbf{A}_C$だけが残り、電磁場が速さ$c$で伝わる横波であること、そして光がその電磁波の一種であることまで議論しました。</p> <p>しかし前章の最後で触れたように、クーロンゲージは、空間微分だけでできた条件であり、時間と空間を分けて扱っています。 つまり「どの慣性系で見たときの空間か」を暗に選んでしまっており、ある慣性系でこの条件を満たすように$\mathbf{A}$を選んでも、別の慣性系に移ると一般には条件が破れてしまいます。</p> <p>そこで時間微分と空間微分を対等に含み慣性系の取り方に左右されないゲージ固定として、ローレンツゲージをこの章では考えていきましょう。</p> <div class="callout callout-note"><p class="callout-title">NOTE</p> <p>なお、この章のローレンツゲージの「ローレンツ」は、デンマークの物理学者ルズヴィ・ローレンツ(Ludvig Lorenz)に由来します。 一方、第5章以降で扱うローレンツ変換・ローレンツ対称性の「ローレンツ」は、オランダの物理学者ヘンドリック・ローレンツ(Hendrik Antoon Lorentz)であり、両者は別人です。 日本語ではどちらも「ローレンツ」と書かれるため紛らわしいのですが、英語表記では Lorenz と Lorentz のように綴りが異なります。 本ノートではどちらもカタカナで「ローレンツ」と書きますが、ゲージとその条件は前者、変換と対称性は後者に由来するものです。</p> </div> <p>前章と同じように、(\ref{eq:potential-eqs})の解を1つ$\mathbf{A}_0, \phi _0$として、ゲージ変換(\ref{eq:gauge-transform})の任意関数$u$を選び直すことを考えます。 今度は、次の方程式の解$\chi $を$u$として選びます。 \begin{equation} \label{eq:chi-equation} \bigtriangleup \chi -\frac{1}{c^2}\frac{\partial ^2\chi }{\partial t^2}=- \Bigl( \mathrm{div}\, \mathbf{A}_0 +\frac{1}{c^2} \frac{\partial \phi _0}{\partial t} \Bigr). \end{equation}</p> <p>ここで右辺は既に決まった関数であるため、(\ref{eq:chi-equation})を解くことによって$\chi $を求めることができます。 このとき、その解$\chi $は一義的には決まりませんが、それらの解のうち一つを選び、 \begin{equation} \label{eq:lorenz-potentials} \begin{split} \mathbf{A}_L(\mathbf{x},t)&=\mathbf{A}_0(\mathbf{x},t)+\mathrm{grad}\, \chi (\mathbf{x},t), \\ \phi _L(\mathbf{x},t)&=\phi _0(\mathbf{x},t)-\frac{\partial }{\partial t} \chi (\mathbf{x},t), \end{split} \end{equation} によって$\mathbf{A}_L$と$\phi _L$という量をつくります。 この$\mathbf{A}_L$と$\phi _L$はもちろん(\ref{eq:potential-eqs})の解になっています。</p> <p>(\ref{eq:lorenz-potentials})で定義された$\mathbf{A}_L$と$\phi _L$は \begin{equation*} \mathrm{div}\, \mathbf{A}_L(\mathbf{x},t)+\frac{1}{c^2}\frac{\partial \phi _L(\mathbf{x},t)}{\partial t} =0 \end{equation*} という関係を満たしています。 空間微分だけでできていたクーロンゲージの条件とは異なり、ここでは時間微分の項$\partial \phi _L/\partial t$が対等に入っている点に注目してください。 この条件式のおかげで、$\mathbf{A}_L$と$\phi _L$を満たす方程式(\ref{eq:potential-eqs})は、(\ref{eq:potential-eqs})とは異なり独立な4個の波動方程式に書き換えられます。</p> <p>このようにして得た方程式系をまとめると、次のようになります。 \begin{equation} \label{eq:fields-lorenz-gauge} \begin{split} \mathbf{B}(\mathbf{x},t)&=\mathrm{rot}\, \mathbf{A}_L(\mathbf{x},t), \\ \mathbf{E}(\mathbf{x},t)&=-\frac{\partial \mathbf{A}_L(\mathbf{x},t) }{\partial t}-\mathrm{grad}\, \phi _L (\mathbf{x},t), \end{split} \end{equation} \begin{equation} \label{eq:wave-eqs-lorenz-gauge} \begin{split} \Bigl( \frac{1}{c^2}\frac{\partial ^2}{\partial t^2} -\bigtriangleup \Bigr) \mathbf{A}_L(\mathbf{x},t) &=\mu _0\mathbf{i}(\mathbf{x},t), \\ \Bigl( \frac{1}{c^2}\frac{\partial ^2}{\partial t^2} -\bigtriangleup \Bigr) \phi _L(\mathbf{x},t) &=\frac{1}{\varepsilon _0}\rho (\mathbf{x},t), \end{split} \end{equation} \begin{equation} \label{eq:lorenz-condition} \mathrm{div}\, \mathbf{A}_L(\mathbf{x},t)+\frac{1}{c^2}\frac{\partial \phi _L(\mathbf{x},t)}{\partial t} =0. \end{equation}</p> <p>これらの方程式系もまたマクスウェルの方程式と内容的にまったく同等です。 (\ref{eq:lorenz-condition})をローレンツ条件といい、この条件を満たす電磁ポテンシャル$\mathbf{A}_L$と$\phi _L$をローレンツゲージにおける電磁ポテンシャルと呼びます。</p> <p>これらの方程式系によって場の量$\mathbf{E}$と$\mathbf{B}$が決まります。 前章のクーロンゲージと異なり、ローレンツゲージでは$\mathbf{A}_L$と$\phi _L$の方程式が完全に独立な4個の波動方程式に分離されています。</p> <p>ところで(\ref{eq:chi-equation})の解は一般に \begin{equation*} \chi (\mathbf{x},t)=\chi _0(\mathbf{x},t) +\chi _p(\mathbf{x},t) \end{equation*} と書けます。 ここで$\chi _p$は(\ref{eq:chi-equation})の1つの特解(particular solution)であり、$\chi _0$は斉次方程式 \begin{equation} \label{eq:chi0-wave-eq} \Bigl( \frac{1}{c^2}\frac{\partial ^2}{\partial t^2} -\bigtriangleup \Bigr) \chi _0(\mathbf{x},t) =0 \end{equation} の一般解です。 $\chi _0$は(\ref{eq:chi0-wave-eq})の波動方程式をみたすものであるならば何でもよく、$\chi $としてはそれだけの不定性が残されています。</p> <p>そのため、(\ref{eq:fields-lorenz-gauge}),(\ref{eq:wave-eqs-lorenz-gauge}),(\ref{eq:lorenz-condition})の基本方程式系はさらに \begin{align*} \mathbf{A}_L &\rightarrow \mathbf{A}_L'(\mathbf{x},t)=\mathbf{A}_L (\mathbf{x},t)+\mathrm{grad}\, \chi _0(\mathbf{x},t), \\ \phi _L &\rightarrow \phi _L'(\mathbf{x},t)=\phi _L(\mathbf{x},t)-\frac{\partial }{\partial t} \chi _0(\mathbf{x},t), \end{align*} という制限されたゲージ変換に対して不変であることが、容易に確かめられます。 前章でみたクーロンゲージにはこのような残された自由度がなかったのと対照的です。</p> <p>以上で、電磁ポテンシャルに対する2つの代表的なゲージの取り方が出そろいました。 残っているのは、この章の冒頭で述べた「ローレンツ条件は慣性系の取り方によらないはずだ」という見込みを、実際に確かめることです。 そのためには、時間と空間をはじめから対等に扱う枠組み、すなわち特殊相対論の言葉で電磁気学を書き直す必要があります。 次章では、この立場に立って電磁気学を書き直し、ゲージ対称性とローレンツ対称性がどのように両立しているのかをみていきます。</p>